東中野氏の「処刑はあっても虐殺はなかった」説のどこがトンデモか

昨日に続き、東中野修道氏の「(南京事件で)処刑はあっても虐殺はなかった」説について。
結論からいうと、
(1)東中野氏が自民・民主の議員たちに向けてトンデモを述べた。
(2)産経記者の大誤報
このどちらかだろう。

もう一度産経記事を転載する。

 自民、民主両党の若手国会議員でつくる「南京事件の真実を検証する会」は13日、国会内で会合を開いた。東中野修道亜細亜大教授が旧日本軍の記録や将兵の日記をもとに、捕らえた中国兵の「処刑」はあっても「虐殺」はなかったとする研究結果を説明した。東中野氏は「国際法で保護される捕虜に相当する兵はいなかった」と指摘した。


まず、日本軍が中国軍兵士を殺害した場合、正当な殺害と主張しうるのは以下の2通りしかない。
・戦闘中の戦闘員への殺害
・捕捉したのち、戦時重罪を犯した者に対して(正当な手続きを経た)処刑

ところが東中野氏は「捕らえた中国兵の「処刑」はあっても…」と述べた(産経記事によれば)。当たり前のことだが、戦闘中に「処刑」はできない。
つまり「戦闘中の殺害だ」という正当化ではなく、捕捉したのちの正当な「処刑」であると主張したことになる。(産経記事によれば)。

ということは、捕捉されたのち殺害された中国兵の全てが「処刑に値する戦時重罪」があったので「処刑」された、と東中野氏は主張していることになるが…
殺害された全ての中国兵が戦時重罪を犯していた?
そんな史料誰も見たことないですよ。

ここで「便衣兵でしょ」と脊椎反射する人もいたりするのだが、しかし「捕捉されたのち殺害された中国兵」のうち、便衣姿の兵よりも軍服のまま捕捉した「捕虜」のほうが多い(幕府山の捕虜ほか)。
当たり前だが、軍服のまま捕捉された兵士に対して「便衣戦術という戦時重罪を犯したので処刑」することはできない。
ということは、軍服のまま捕捉された全ての兵士が「(便衣戦術以外の)戦時重罪」を犯したということか?

ところが、もちろんそんな史料は発見されていないのである。