(分析)茂木氏の言説の短絡性

[2月3日、改題しました)

茂木弘道氏の言説に関して、先日のエントリで書き残したことなど。というか、前エントリは「緊急エントリ」っぽい大ざっぱな構成になってしまったので、今日から改めて書き直し、という感じですね。まだ微熱がありますが、なんとか書けました。



ちなみに茂木弘道氏は、「文科省が英語を壊す」(中公新書ラクレ)の著者・「小学校での英語教育は必要ない」(慶応大学出版会)「ゆとり教育が国を滅ぼす」(小学館文庫)の共著者だが、東中野修道氏たちの「南京事件研究会」にも参加し、同研究会の手がけた『「南京安全地帯の記録」完訳と研究』(富沢重信著、展転社)に訳者として参加されている。


さて茂木氏は「"Documents of the Nanking Safety Zone" 南京安全地帯の記録」を「よく読んだ」結果として、以下の見解を述べている。(太字は引用者による)

http://d.hatena.ne.jp/hmotegi/20060127

国際委員会は、まるで日本軍と対等であるかのような態度で日本軍に対してあれこれ不祥事の発生を指摘したり、要求を出したりしたのであるが、そうした申し入れ書をまとめて本にしたものが"Documents of the Nanking Safety Zone"である。
これには日本非難がたくさん載っているので、当時の中国政府の外郭機関が編集して上海の出版社から出したものである。
ところがこの2ヶ月間の活動記録をよく読むと、殺人として訴えられたものは27件である。しかもそのうち目撃者があるのが1件で、ほかはまったくの伝聞、被害者名もなしである。
あの狭い安全国20万の市民すなわち40万の目が光っていたにもかかわらず、目撃がたった1件!これが実態である。何も広大な中国のことではなく、新宿区の5分の1ほど(そこにしか南京市民は当時いなかった)でのことである。
そればかりではない。1件の目撃事件は、潜伏兵士が逃亡しようとして射殺された事件である。
国際委員会の記録にこれは不法殺害ではない、とはっきり注記されている。問うことはこれは虐殺ではなかったのである。虐殺とは戦時国際法違反の不法殺害のことを言うからである。虐殺目撃ゼロ!これが南京の真実である。
これが30万虐殺になっちゃうんだからひどい話である。

正直、これを読んだときは頭痛がひどくなった。
ゆっくりチェックしてみます。太字にした部分を抜き書きすると…
・「南京安全地帯の記録」に虐殺の目撃事例が1件しかない
・したがって20万人の市民の目撃した虐殺事例は1件しかない
・しかもその1件は兵士を殺害した事例である
・したがって虐殺の目撃事例は0件である
・これが南京の真実である


「ブラック・プロパガンダ」の典型ともいえる論理の短絡
私にはこの論が素人だましにしか思えない。
この考察が成立するには、最低限の前提条件として、以下の条件を満たす必要があるはずだ。
1-1全ての殺害事例は「20万の市民」の誰かに目撃された。
1-2全ての目撃事例について、目撃者が国際委に報告した。
1-3全ての報告事例を、国際委は日本大使館宛に文書として提出した。
1-4全ての提出事例は、「南京安全地帯の記録("Documents of the Nanking Safety Zone")」に掲載された。
1-5「南京安全地帯の記録」には、虐殺目撃事例が一つも掲載されていない。

そのうえに、
2 安全区以外では虐殺事件は発生していない。

1-5と2については、1月27日エントリで大ざっぱに触れた(チェック1,2,4参照)
ここでは1-1から1-4について、虐殺事件数≒総目撃件数≒総報告件数≒総提出事例数≒総掲載事例数なのか?をチェックする。


1-1について;、安全区の人間を安全区以外に連れだして殺害すれば、安全区内の人間が殺害を「目撃」するのはほぼ不可能である。
1-2について;占領軍である日本軍に対し上位の権力を持っているわけでも、警察力を行使できるわけでもない(無力な)国際委に、「目撃者の全て」が報告する、とは考えられない

1-1と1-2については、よっぽどの史料的根拠が提示されない限り、虐殺事件数≠総目撃件数≠総報告件数と考えるしかないでしょう。



1-3について;「安全地帯の記録」所収の「日本軍の不法行為の実例」には、こういう前書きがある。
例;第八号文書の冒頭「以下のものは私どもが綿密に調べる時間を持てた事例にすぎず、私どもの担当者にはもっと多くの事例が報告されています。」(私ども=国際委)
誰が読んでも総報告件数≠総提出事例数ですね。

1-4について;「安全地帯の記録」には「日本軍の不法行為の実例」の全事例が所収されているわけではない。というか、これ基礎知識なんだけどな。事例数は少なくとも470まで事件番号がついているけど、「安全地帯の記録」には405件分しか載っていない。総提出事例数≠総掲載事例数。
詳しくはゆうさんのHP参照。
http://www.geocities.jp/yu77799/49nin.html


この2つについては、明確に「≠」。

…急ぎ足で書いたけど、1-1から1-4だけでもこんな感じですよ。次回以降1-5と2を取り上げますけど、ますます頭痛がひどくなりそうな予感。