週刊新潮のスクープした「画期的な資料」、実は6年前に判明していました(秦郁彦氏、阿羅健一氏の不勉強ぶりに驚く)


今回のネタは、「週刊新潮」2007年3月8日号47頁、おそらく週刊新潮としては「南京事件に関するスクープ」のつもりで掲載した記事についてです。
記事タイトルは「当時「南京の死者は2万人」と中国は「国際連盟」で演説していた」

 新聞は報じなかったが、2月21日の衆議院内閣委員会で、南京事件に関する画期的な資料が明るみに出た。なんでも、1938年2月、国際連盟で中国政府代表が、「南京の死者は2万人」と演説していたというのである。虐殺30万人とは虚構。

論点を2つ提示します。
(1)「画期的」とありますが、ぜんぜん画期的ではありません。6年前に歴史学者が書籍で紹介していました。
(2)国際連盟の演説を根拠に「虐殺30万人とは虚構」と断定するのは無理があります。


まず、この資料を国会で披露したのは、前エントリで紹介した戸井田徹議員(自民党)でした。
週刊新潮の記事を引用します。

貴重な資料は、国立公文図書館のアジア歴史資料センターに埋もれていた。
戸井田代議士が内閣委員会で明らかにしたその資料とは、1938年2月2日、国際連盟理事会第100回期第6会議で「支那問題に関する決議」の採択に際して、中国政府の顧維釣代表が行なった演説記録。英文でかれている。

このブログ経由で、また直接「南京事件 小さな資料集」http://www.geocities.jp/yu77799/を読まれた方は、あれ?と思われるでしょう。その演説内容は、既に6年前(2001年3月19日初版発行)の『資料 ドイツ外交官が見た南京事件』(編集・翻訳/石田勇治、大月書店)に紹介されているからです。
繰り返しますが6年前です。

ネット上でも、2003年頃には「南京事件 小さな資料集」にて転載されていました。
http://www.geocities.jp/yu77799/chuugoku.html

ただし『資料 ドイツ外交官が見た南京事件』はドイツ語文、週刊新潮の記事は英語文を原文としているため、多少の差異はあります。

『資料 ドイツ外交官が見た南京事件』138-139頁より。

 日本兵が南京と漢口でおこなった残虐行為についての信頼できるもうひとつの記録は、米国人の教授と外交使節団による報告と手紙にもとづくもので、一九三八年頁一月二十八日の『デイリー・テレグラフ』紙と『モーニング・ポスト』紙に掲載されでいます。南京で日本兵によって虐殺された中国人市民の数は二万人と見積もられ、その一方で、若い少女を含む何千人もの女性が辱めを受けました。

いっぽう、「週刊新潮」の記述。

 日本兵が南京と杭州でのこの虐殺事件についての叙述は、1938年1月28日のデイリー・テレグラフやモーニング・ポストに掲載されたアメリカの教授や宣教師の寄稿記事に見られるものです。南京で虐殺された中国人民間人の数は、2万人と見積もられ、少女を含め、何千人もの女性が強姦された。


困ったことに、秦郁彦氏も『資料 ドイツ外交官が見た南京事件』をちゃんと読んでいなかったらしく、「週刊新潮」記事で以下のようなコメントを述べています。

中国が公式に南京事件で虐殺者数というのを出してきたのは東京裁判以降で、戦争中に何か公式な数字を出していたというのは確認されていなかったんです。そういう意味ではこの議事録にある数字は珍しい記録といえるでしょう。 恐らく当時の中国としては、国際社会に対する情報戦の一環として、新聞で拾って主張したのだと思います。

秦さん、何を言っているのですか。あなたが「あった派」の書籍を読むのをサボっているだけでしょう。



さて、(2)の論点。
週刊新潮は、秦氏の談話に続けて阿羅健一氏の談話を掲載しています。
阿羅氏の発言を転載します。

こういう数字は時間が経てば経つほど不正確になりがちですから、この2万というのが中国としても公式に、一番正確に把握していた時に出した数字だと言えるのではないか

 阿羅氏は、この2万説を「中国としても公式に、一番正確に把握していた時に出した数字」とみなしています。
 しかし事件終結直後の1938年2月1日時点で、「中華民国側が被害規模を充分に把握できた」と考えるほうが、かなり無理があります。なぜなら、中華民国側は南京を日本軍に実効支配された状態で、被害調査を行うことができなかったからです。
 (秦氏も記事中の談話で「このような数字を新聞で拾って主張したのではないか」と推測しています)

 したがって、「こういう数字は時間が経てば経つほど不正確になりがち」、裏を返せば「事件直後の数字がいちばん正確」と言い切れるものではありません。

というわけで「2万」を結論にすることはできませんが、仮に民間人虐殺2万が正しかった場合でも、これに捕虜殺害数を加えると5万〜10万の虐殺事件、ということになります。これはどうみても「大虐殺」があったと言わざるをえないでしょう。
ちなみに「南京大虐殺=30万人虐殺」というローカル定義に基づいて「南京大虐殺はなかった」と言い張る人がいますが、そういうセコい主張はいい加減卒業したほうがいいと思いますけど。