南京侵攻は自衛戦争になりうるのか(1)

●定義しだいで南京侵攻も自衛戦争?

「できるだけごまかさないで考えてみる 」というブログに、コメントを書き込んだ。
http://blog.goo.ne.jp/shirakawayofune001/e/36a0784357d0909856890175a5b058e7

>この問題の場合、被害者が被害者であることを良いことに、自国に都合良く拡大解釈を続けているのだ。これでは、歴史問題に対しては中国こそが解決を妨げている側なのだと言われても反論できまい。


はじめまして。
こと南京事件については、日本の保守層の一部が「でっちあげ論」を強硬に主張していること、南京侵攻そのものに対して痛みの感覚が欠けていることなどが、より問題がこじらせているように思いますね。

ここからは私の私見ですが、南京事件以前に南京侵攻そのものを考えてみる必要があるのではないでしょうか。
日本軍が内陸に300キロも入り込んで100万人規模の大都市、しかも一国の首都を占領したわけです。300キロ内陸に攻め込む必要のある「自衛戦争」などありえません。正当な理由がないことは明白でしょう。

やられた側の恨みは膨大であることは疑いありません。


日本人で「南京侵攻」そのものの犯罪性を認識している人がどれだけいるのか、特に「でっち上げ論」を主張する人間にどれだけ「南京侵攻」そのものの犯罪性を認識しているのか、心もとないものがあります。そういう一部の日本人の主張が、中国側を硬化させているという側面を無視しないほうがいいと思います。

私は歴史問題の解決を妨げているのは日中双方にあり、日本の側の問題の核心は、一部の歴史修正主義者に顕著な「痛みの感覚の欠如」だと最近思い始めている(この点は別の機会に詳述する)。
とりわけ、日中における戦争の非対称性(中立地帯ではなく、相互の領土でもなく、中国の領土のみで行われた)が軽視されているようでは、両者の歴史意識の溝はおそらく埋まらない。

ブログ主の白河さんからレスをいただく。

>日本軍が内陸に300キロも入り込んで100万人規模の大都市、しかも一国の首都を占領したわけです。300キロ内陸に攻め込む必要のある「自衛戦争」などありえません。正当な理由がないことは明白でしょう。


 そうでしょうか。「自衛」の定義次第だと思います。自国の本土が侵略されることだけをもってして「自衛」とする思想が、当時世界のどの地域にあったのか、私も勉強不足なので調べなければなりませんが、現在、多くの日本人が持っている感覚とは違うと思います。

正直、このようなレスが返ってくるとは思わなかった。要するに定義次第では自衛戦争と解釈する余地があると白河さんは述べているのだ。
この白河さんという方が、南京侵攻戦についてある程度の知識を持ったうえで「自衛戦争」と解釈する余地があるのと述べているのか、それとも上海事変(第2次)から南京侵攻に至る経緯なんかとは無関係に、当てずっぽう的に自衛戦争と解釈可能と述べているのかが、わからない。前者の場合は南京戦そのものの解釈をめぐる議論になるが、後者の場合はもう少しややこしい議論になるかもしれない。